2011年10月28日

●アヘンケシ<後半>(城戸真由美)

◇アヘンケシの歴史
アヘンケシは、とてつもなく太古の昔から、人の心を魅了し続けてきたようです。紀元前3千年から四千年頃に文明を築いたシュメール人の粘土板には、"歓喜、至福(Gil)をもたらす植物(Hul)”とケシを呼び、アヘンケシの栽培から、早朝のケシ汁の採集、そしてアヘンの産生方法が綴られています。紀元前1500年頃の古代エジプトの医学書「エーベルス・パピルス」にも、“子供が泣くときは、ケシ汁のシロップを与えよ”と記されています。ツタンカーメン王の時代の古都テーベには、辺り一面にケシの花が咲き乱れていたと言われるように、古代エジプトの遺跡にはケシの花が本当によく描かれています。アヘンのラテン名Opium Thebaicum、そしてアヘンアルカロイドのテバインの名は、このエジプトの古都テーベに由来しています。

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*ツタンカーメン夫妻の絵(パピルス)
王と王妃の周りには、古代エジプトの代表的な花であるケシ、マンドレイク、ヤグルマギクのモチーフが描かれている

1世紀頃、ギリシア人であり、ローマ皇帝の侍医を務めたディオスコリデスは、あらゆる薬草を調べ、それを『マテリア・メディカ(植物誌)』という本にまとめました。その中には、数種類のケシの挿絵と、その用い方について詳しく綴られています。

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*「マテリア・メディカ」のケシの挿絵
(明治薬科大学明薬資料館所蔵)
「薬効の強いケシをレンズマメ一粒ほどの少量を用いれば、鎮痛、催眠、鎮咳、止しゃの効果があるが、量が多すぎれば昏睡や死を招く」と、マテリア・メディカにはケシの過量投与の危険性が述べられている

ケシの使用は、西ローマ帝国の滅亡によって、一時的に廃ります。再び、アヘンの効能に目をつけたのは、16世紀を代表する医師であり、錬金術師でもある“パラケルスス”です。彼は、アヘンをアルコールに溶かし、甘味を加えた「アヘンチンキ」を作り出しました。「Lauanum(ローダナム)」と名付けられたこの薬は、町の薬局で自由に売られるようになりました。こうして“アヘン”は、手軽に飲める鎮痛剤、下痢止め、不眠症の薬としてばかりではなく、精神を研ぎ澄まし、すばらしい快楽を得られる魔法の薬として、芸術家などの間に広まっていきます。

◇「アヘン戦争」の勃発
アヘンは、西洋からシルクロードを渡って、東方の清(中国)にも伝わり、そこでたちまち大流行を起こします。清の人々は、丸めたアヘンを「アヘンパイプ」という長いパイプに入れ、それをお香のように火でじりじりと熱し、その煙を吸い込む方法で陶酔感を味わいました。国内のあちこちには「アヘン窟」と呼ばれる、あへんの喫煙所が作られ、アヘン中毒者が国中に瞬く間にあふれたといいます。この事態を重く見た清国の政府は、1839年にアヘンの輸入を禁止しようと試みます。当時、大量のアヘンは、イギリスの東インド会社から持ち込まれていました。清との貿易赤字を抱えていたイギリスは、清のアヘン輸入禁止に憤り、強引に宣戦布告します。こうして「アヘン戦争」が勃発したのです。

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*アヘンを吸入するアヘンパイプ(ドイツ薬事博物館)
1930年代の中国では、半数以上の成人男子がアヘン中毒となり社会的に深刻な事態となった

◇植えてよいケシ、ダメなケシ
ケシ科の植物には、数百もの種類がありますが、麻薬成分を含有し、「麻薬及び向精神薬取締法」と「アヘン法」で栽培が禁止されているものは、ケシ(ソムニフェルム種:Papaver somniferum )、アツミゲシ(セティゲルム種:Papaver setigerum )、ハカマオニゲシ(ブラクテアツム種:)の3種類のみです。
東京、小平市にある東京都薬用植物園に、観賞用に植えてよいケシと、違法ケシを見分ける市民講座が開かれています。専門の先生によると、見分けるポイントは、葉っぱだそうです。観賞用にオニゲシやヒナゲシの葉っぱは、うぶ毛に覆われていて、葉の付け根は茎を巻き込んでいません。一方、ケシやアツミゲシの葉は、うぶ毛がほとんどなく、上部についた葉の付け根は茎をしっかりと巻き込んでいます。花が咲く頃には、この違いが明瞭となり、簡単に見極められます。難しいのはハカマオニゲシで、茎や葉には硬いうぶ毛があり、葉の付け根も柄があります。ハカマオニゲシを見分ける時は、鳥の羽のような深い切れ込みがある特徴ある葉っぱの形状と、花びらの真下につく4枚から6枚のハカマ(苞茎)を見ます。

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*違法ケシの葉の付け根は、茎をしっかりと巻き込んでいる

2011年10月24日

●アヘンケシ<前半>(城戸真由美)

和名:芥子(ケシ科の一年草)
英名:Opium poppy
ラテン名:Opium Thebaicum
学名: Papaver somniferum、Papaver setigerum、Papaver bracteatum
成分:モルヒネ、コデイン、テバイン、パパベリン等のアヘンアルカロイド
主な薬効:鎮痛・鎮静・催眠・鎮咳・止瀉
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*アヘンケシ(東京都小平市の東京都薬用植物園)

◇かけがえのない魔の薬“アヘン”
麻薬としてよく知られているアヘンやモルヒネは、ケシから採集されます。ケシはケシ科の一年草で、ギリシア、トルコから西南アジアが原産とされています。その最も強い薬効部位は、花が散った後に残る“さく果(ケシ坊主)”の表皮部分から採れる乳汁にあります。
ケシの花びらが散り、10日程待った後、さく果の表面にだけ傷をつけ、滲み出た白い乳汁をヘラなどでかき集めます。それを加熱乾燥し、半固形状にしたものが “アヘン”で、それから単離精製されたものが、医療用麻薬として用いられているモルヒネです。
麻薬は、適切に用いれば、鎮痛薬として、癌などの耐えがたい痛みから人を救う、かけがえのない恵みの薬となります。

◇トルコの町アフィヨンのケシ畑
古くからアヘンケシの栽培を続けている“アフィヨン”という街が、トルコにあります。世界自然遺産の奇岩群として有名なカッパドキアから、石灰棚温泉のパムッカレに向かう途中で、アフィヨンのケシ畑に立ち寄ることができます。街名“アフィヨン”は、トルコ語でアヘンを意味する言葉。中国でアヘンのことを「阿芙蓉(あふよう)」と呼ぶのは、このトルコの街名に由来しています。
ケシの花期は、5~6月ごろ。アフィヨン・ロードと呼ばれる街道沿いには、赤、紫、白の彩り豊かな花が一面に咲き誇り、あやしくも壮観な眺めだといいます。その景色を見たくて、トルコを訪ねたのは3月中旬。当然のごとく、ケシの花は一切見当たらず、よく肥えた畑がただ広がるのみでした。それでも幸いなことに、ドライブインだけは開いていました。アフィヨンのドライブインは、ケシ粒とはちみつがかかった、ヤギのヨーグルトが味わえます。この土地ならではのヨーグルトと生ザクロジュースで一休みしながら、花がないこと残念がっていると、とても親切なトルコの人。「ちょうどケシの苗を植えている畑がある」と案内してくれました。足早について行くと、元気なおばさま達が大勢で、陽気に苗植え作業をしています。ミレーの名画のようなその光景を眺めていると、明るく手招きし、畑の中に呼んでくれました。ビニール袋にたくさん入っているのは、10cmほどのアヘンケシの苗。それをひとつひとつ丁寧に手で植えていきます。100m程離れたところにある監視棟の存在に、少しおびえつつ、私も一緒に苗植え。貴重な体験をした思い出です。

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*ケシの種粒とトルコ名産のはちみつがたっぷりとかかった濃厚なヨーグルト(アフィヨンのドライブインにて)

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*アフィヨンのケシ畑での苗植え作業の様子

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*アヘンケシの苗